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諸尊移動は通例

彫刻本尊や御形木本尊の諸尊の配座に疑問を持つ方もいるだろうが、元本となった本尊を彫刻したり、御形木の版木を造る際に諸尊の位置が若干移動したりすることは通例である。

これは確信をもっていえる事である。

何故ならば、私自身が興門派歴代より紙幅の本尊を書写・授与され、上人御遷化後に彫刻本尊を造っているからである。

私邸には、興門派歴代の肉筆本尊と、それを彫刻した本尊とがある。
よくできた彫刻だと思うが、肉筆のそれとよく見比べると、諸尊の位置の若干の違い等は観られる。
平成の世の技術をもってしても、毛筆の肉筆をそのままに彫刻することは困難なのである。

筆と筆が重なり合う部分などでは特にそうである。

元本とその彫刻の両方を手にしない者にはイメージがつかないかもしれない。
しかし私は偶々その両方を手にする機会に恵まれたので断言できる。

ましてや、写真レベルの資料をもとにいくら比べてみても、それは所詮もの知らずと揶揄されても致し方あるまい。

先に紹介の御形木本尊も同様で、元本と多少の違いがあっても、それをもって直ちに異なるものとは言い切れないのである。

これは資料と共に史料を如何に手にし、精査できる環境にあるかにもよるだろう。
私は大学・大学院レベルの研究者ではない。
どんな史資料も手にできる資産も時間も無い。
しかし、今、自分の手元にある黄金のごとき史資料は、たとえ一部であっても、どんな著名な研究者にも劣らないと自負する。

今回は個人情報の関係もあり画像を示せないが、このblogに記されたことは真実であり、写真だけで判断する危険性を十二分に喚起したい。





コメント

[C2632]

ありがとうございました。仰る通りですね。私は残念です。
  • 2017-08-04 22:42
  • 地蔵野
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[C2631]

地蔵野さん

大石寺と妙蓮寺は、もともと通用はあったでしょう。

しかし、妙蓮寺の旧三師塔に日目は無く、妙蓮寺歴代が戦後、日蓮宗から日蓮正宗に帰属するまで本尊書写も行っていたことを考えれば、それぞれの歴史を歩んだ時代があったと考えても不思議ではないと思います。

御存じの通り、東京常在寺隣には旧妙連寺末が今も日蓮宗に残存しています。
三鳥派の件でも妙蓮寺本末の方が深く関わったのではないかと存じます。

今は妙蓮寺の詳しい史料は目にすることはありませんので、残念ながら歴史は封印されたと思っております。


  • 2017-08-04 22:28
  • 管理者
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[C2630]

御返事ありがとうございます。本来はこの御影札は掛軸に表装され拝礼の対象となるのでしょうがお札のままでした。摺られている御本尊は妙蓮寺19世日諦師と思われます。妙蓮寺は開創以来、大石寺と通用があるのでしょうか?
  • 2017-08-04 20:59
  • 地蔵野
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[C2629]

地蔵野さん

合掌 もう二度と手に入らないと思います。

再拝

  • 2017-08-04 17:23
  • 管理者
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[C2628]

すみません。先日、下条妙蓮寺の昔の御影札を手にいれました。曼荼羅本尊の下に富士妙蓮寺開山 日諦花押 日華上人と思われる方のお姿が摺られていました。現在ではもう手にはいらないのでしょうか?よろしくお願いいたします。
  • 2017-08-04 13:49
  • 地蔵野
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[C2627]

ご返答頂きありがとうございます。参考になりました。
西山本門寺は甲斐の武田家や水戸徳川家とも所縁があったんですね。
下条妙蓮寺は大石寺から僧侶を迎える等交流は深いみたいですが。要法寺も興門他山に貫主となる方を送られていますね。
妙蓮寺や保田妙本寺の貫主様も御本尊をかつてのように書写される日がくればいいのですが。
  • 2017-07-27 10:57
  • 地蔵野
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[C2626]

地蔵野さん、

御高覧並びにコメントをありがとうございます。

西山歴代の本尊については、故柳沢宏道師などが考察しまとめられていましたが、現在リンク切れになっているようですね。

歴代によって本化・迹化の差別化を本尊上で行っているようですが、西山本門寺蔵としては天台・傳教に南無を冠しない嘉元二年十月十三日の日興書写本尊となにか関係でもあるんでしょうか。

西山本門寺も江戸時代には細草壇林に学びましたが、中々秀逸な人材が出ず、自山で玄講などを認定し知識相承としていましたので、興門他山との交流は決して多くは無かったと考えます。

むしろ伊豆實成寺の歴代と西山歴代が三代にわたってかぶる点や、安房妙本寺の所謂「萬年救護大本尊」流出後、一時期保有していたことの方が取りざたされますね。


  • 2017-07-26 18:51
  • 管理者
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[C2625]

すみません。お伺いしたい事があるのですが、西山本門寺歴代の御本尊に文殊、普賢菩薩等に南無が冠せられていない御本尊がありますがどういう意味があるのでしょうか?西山本門寺の事は私はあまりに詳しくないのですが日蓮本仏論の影響を受けているのでしょうか?江戸期など、大石寺を含む興門他山との交流はありましたでしょうか?何卒よろしくお願いいたします。
  • 2017-07-26 10:35
  • 地蔵野
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[C2624]

四明さん、

御高覧並びにコメントをありがとうございます。

確かに「権威」という意味では、仰せの通りかと存じます。

しかし日蓮及び先師研究、古文書解読ともに、実質は日蓮仏教研究所が中心だと思っております。

また、日蓮研究に留まらなければ、パーリ語やサンスクリット語などは東方学院も権威の一つでしょう。

学問で解決する課題、現物を手にするあるいは実見するなどして初めて気づく課題、さまざまだと思いますが、御利益・現象的宗教体験も含め、偏らずに考察することが肝要かと最近は考えております。
  • 2017-07-12 18:45
  • 管理者
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[C2623]

大学・大学院の研究者の諸先生方は、文科省から助成金交付あり、優雅な、静かな環境の下で、論文の執筆ができます。現代日蓮研究の権威は、立正大学でしょう。御真筆鑑定の目利きとして。しかし、古文書読みでは、川澄氏にはかないません。本来、日蓮がしたためた紙幅の曼陀羅は、台密の事相が含まれています。古書店で偶然入手した天台宗聖典所収の円仁に並みならね筆力あります。
  • 2017-07-11 19:14
  • 四明
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