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流罪死罪

再掲するが「寺泊御書」には、

仏陀記して云く「後の五百歳に法華経の行者有りて諸の無智の者の為に必ず悪口罵詈・刀杖瓦石・流罪死罪せられん」等云云。日蓮無くば釈迦・多宝・十方の諸仏の未来記は当に大妄語なるべきなり。

とある。
日蓮が龍口法難をもっていっているのか、佐渡流罪をもっていっているのか判然としないが、日蓮は「死罪」にはなっていない。身延で9年間も隠棲している。
つまり日蓮の言はブーメランとなって帰って来、『釈迦・多宝・十方の諸仏の未来記は当に大妄語』となったのである。

それに反して、イエスは大衆の前で十字架にかかり、まさに死罪を現じて見せた。
これはキリスト教者でない研究者が文献考証した結果、イエスの死罪は事実であると結論しているからほぼ間違いないだろう。
もちろん、イエスの死罪はローマ帝国の法の裁きによって、その宗教的信念と行動を断罪されたものである。

イエスは社会の底辺層に目を向け、当時のローマ政治を強烈に批判。
加えて宗教的信念から、商売人を神殿から追い出すなどの行為があったという。
それでも病気の治癒など、当時としては「奇跡」と思われる現象を繰り返し、多くの信奉者を増やしたようである。

キリスト教は中世には西洋文化・芸術に影響をあたえ、近現代ではイエスの疾病平癒の精神はマザーテレサなどに受け継がれた。

恐らくは所謂「大乗仏教経典」の成立にも影響をあたえたと思われる。
特に法華経には阿弥陀如来の住む安楽世界が、聖母マリアを思わせる観世音菩薩が本門と呼ばれる後半部分に説かれる。

よって法華至上主義の日蓮の行動が、イエスのそれとかぶるわけである。
創価学会の池田大作が目をつけるのも、ある意味納得がいく。





必要な人がいれば差し上げます

先にTwitterでふれましたが、かなり状態の悪いもので恐縮ですが、興風談所「日興上人全集」を1冊必要な方に提供したいと思います。

新しいものは、興風談所に問い合わせればまだ在庫があると思いますので、有償でも新品をご希望の方は問い合わせてみてください。

私が提供できるものの状態は以下の通りです。

1、箱無し
2、汚れ、鉛筆による書き込み、マーカーによる線引きなど有り。
3、正誤表無し
4、写真画像部分は特に問題なし。

日興上人全集は、御書全集は問題外で、富士宗学要集や歴代法主全書第1巻、日蓮宗宗学全書第2巻などにも掲載されなかった文献掲載や、真偽考証、誤字・誤訳の訂正など、日興上人研究には必携の一書といえるでしょう。
特に巻末には現存文献の写真画像が多数収録されているので、真偽の課題が残っているものを自分の目で確かめることができます。

現存文書を「正篇」、写本文書を「続篇」に分けて掲載しています。

以上のような状態ですが、送料のみ着払いでご負担いただければ提供させていただきます。
ご希望の方は以下よりご連絡ください。

管理者への連絡

本資料の受取手様が決まりましたのでご連絡します。1冊しかなく申し訳ありませんがご理解の程お願い申し上げます。
柳沢宏道師の「石山本尊の研究 増補版」及び「造佛論議・読誦論議」、冨士教学研究会会報第2号は在庫がありますので、ご希望の方はご相談ください。






日蓮と創価学会の布教

日蓮は「寺泊御書」に『大日経等は法華経已前ならば華厳経等の如く、已後ならば涅槃経等の如し。』と、一期の弘通の中で、あるいは真言を批判したり、肯定したりもした。

寺泊御書の一説は、大日経を一定評価したものと解せられる。

事実、日蓮は「立正安国論」をもって、権力者による武力を用いた広宣流布を訴え、涅槃経の折伏を実践し、それが受け入れられないと、弟子をもって内部告発を実践し、厳しい指摘をもって相手を論破するといった、言葉による折伏、つまり大日経に示される齟齬による折伏を行ったのである。

ある時は権力者に直訴し、またある時は弟子たちを使ってクーデターを起こしていった。
これらは他力本願的な側面であることも否定できない。

日蓮が目指したものは、現在の創価学会の云う「一対一の対話」や世界平和などではなかった。

キリスト教でいうところの「リバイバル」を常に期待したのが日蓮だったのである。
キリスト教ではお隣の韓国で、リバイバルが起こり極端に言えば三歩あるけば教会があるといった現実がある。

宗教家日蓮であることを思えば、リバイバルが起こることに期待するのはある意味当然かもしれない。
「一対一の対話」などというチマチマした考えは日蓮のそれとは大きく異なる布教だと感じる。





何故、不動・愛染は大漫荼羅に梵字で記されたか

相伝には「受法」と「学法」がある。

最澄が弘仁三年十一月に金剛界、同年十二月に胎蔵界の受法を空海から受けていることは、国宝・空海筆「灌頂歴名」からも知られる事実である。
この受法は「結縁灌頂」であって、金剛界、胎蔵界の曼荼羅の上に散華を投げ、落ちた場所にある佛菩薩、明王等がその人の終生の護り本尊となる。
最澄は学法の相伝を直接受けることなく、密教の相伝は中途半端なものになってしまった。
空海からは厳しい処置がっあたようで、比叡山と高野山は交流を失い、最澄は弟子の円仁を中国に派遣させ、密教と五大山念仏を持ち帰らせている。

実際に胎蔵界は不動尊が護り本尊となっている人物もおり、天台座主二世で唯一最澄より「澄」の字を授かった大乗戒壇得度の直弟子、圓澄は金剛界の護り本尊が愛染となっている。

学法は「法華儀軌」である。真言密教の空海ゆえに、学法も密教経典の注釈と思われがちだが、そうではなかったのである。

こうした真言密教の相伝を見たとき、日蓮は受法である結縁灌頂の際、胎蔵界の護り本尊が不動明王、金剛界の護り本尊が愛染明王だったのだろう。
安房妙本寺に残されている「不動愛染感見記」は、真言密教の「破地獄曼荼羅」の様式を踏襲しており、若き日に祈り続けた本尊虚空蔵菩薩も密教の本尊である。

また国宝に認定された、金沢文庫所蔵で日蓮写本「授決円多羅義集唐決」も仮託文書とはいえ密教の文献である。

こうして受法も学法も真言密教の世界で受け学んだ日蓮が、終生、その思想から密教的要素を排除しきれないのは当然である。

それゆえに、終筆となる大漫荼羅まで、現存で裁断ミス以外のものには全て、不動愛染が梵字で記されているのだろう。
これは大漫荼羅に記された佛・菩薩・天・声聞等とともに、日蓮自身が門下を全力で救済して行こうとのあらわれなのではないだろうか。





日蓮正宗vs創価学会 犠牲になった正信会

この争いは今に始まった事ではないが、平成2年以降の宗創紛争はお互いのトップ通しの直接のイザコザという点で、大きく異なったのではないか。

池田は正信会を切る代償として、200箇寺の寄進を約束し、日顕は池田を信じ正信会を破門にした。
そして池田より200箇寺の寄進があった暁には、自分の弟子を住職として赴任させ宗内の勢力を一代坊主日達の弟子たちから、代々坊主の法主・管長である、日顕の勢力拡大につなげたい意図があったのだろう。

しかし池田からの寺院200箇寺寄進はスピード感が無く、むしろ会館建設に勢いがあった。
「池田さん、あんたは大ウソつきだ!」の怒号は、「さん」をつけてるだけまだマシだろう。
そう、池田は大ウソつきで、正信会を破門にさせその間に宗門から離れる準備を虎視眈々とすすめる時間を確保したかったのである。

そして第二次紛争は勃発するわけだが、個人として脱会運動の最先端を走ったのは樋田だろう。
誰も読みもしない論文や新聞など、ブログやツイッターといった少数文字で端的に物事を示す時代にはマッチしなかったのだ。
そして樋田は創価学会の広宣部卒業生等を、元聖教新聞者編集長が直接声をかけ組織していった、oni-oniのメンバーを次々と論破しDVDという映像をもて、創価の矛盾、正宗の正当性を証明していった。
それだけではない、たくさん集めると物がかさむので、時代はDVDからYouTube等の動画配信やインターネット生放送配信などに映って行った。
実際、樋田はインターネット生放送配信サイト「アフリカTV」で、ニコニコ動画人気生主の一人、横山緑を行司役に創価学会女子部員と法論。結果は女子部員が敗北のうえ発狂し、その法論も横山緑は行司役などではなく、横山緑ともともとつながりがある(結婚する)ということまで言ってしまう始末だった。
樋田は終始冷静で、勝敗は誰の目にも明らかだったろう。
しかし、なにも目にできない創価学会員はまだしも、お虫払い法要などで日蓮・日興の御影(絵像)を拝観する機会のある、法華講員がなぜ未だに身延派と同じような五本房の数珠を使っているのか、理解に苦しむところである。

話しは戻るが、平成16年創価学会やoni-oniには緊急事態が起こる。
そう、犀角独歩氏が日蓮宗教学研究発表大会で、所謂「本門戒壇之大御本尊」が偽物であることを、画像分析の方法をもって立証してしまったのである。
創価学会としては、本門戒壇之大御本尊との決別は最終段階の課題で、根強い本門戒壇之大御本尊依存者達が死亡などで減っていく事を先としたかったのである。
そして犀角独歩氏の発表を受け、当時の長谷川第一庶務部長(現理事長)の決済をとることなく、あわてて出版されたのが金原本である。
しかし金原本は当時の学会及び会員には、ほとんど受け入れられず、oni-oniメンバーはじめ一部にとどまった。

池田の影響力低下後は、ゆるやかに教義・教学を変更、公明党の路線変更などを行い、その結果、非活会員や創価学会での信仰自体を見直す者も徐々に出ているようである。

創価学会は法論に負け、教義・教学も矛盾だらけ、しかし公明党が政権与党にいることから、地上波でもたびたび取り上げられるようになった。

極めて人材難で地味なところは正信会が群を抜いており、世の中の大半の人は正信会など知らない。
第二次紛争の最大の犠牲者といえるだろうか。





Appendix

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冨士教学研究会 管理者

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